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なるのかなという気がします。
それから第3番目に申し上げたいのは、「多元性」、私、多様性というよりは、多元性というふうに考えたいわけでありますけれども、どれだけの異なるものを、異なる人達を決定に参加させることができるか、ということなんですね。違う発想というものをもう少し尊重するような風土になってくれたら、もっと風とおしのよい社会となると思います。いろんな人が参加できるようにするのが、向こうの岸から、あれはおかしい、これはおかしい、ってただ文句を言うだけの無責任性も無くなってくるわけです。ですから自由と責任、決定と決定への参加、現場、多元性というのは非常に重要だと思うわけです。鈴木さんが文書主義は良くないっていうふうにおっしゃってましたけれども、これも現場で決定ができるようになれば、少しは解消するわけですね。つまり、ビューロクラシーの中では、文書というのは非常に重要です。だけど必要な所から決定ができる所までのラインが長ければ、文書の数はいきおい増えますね。青森市でやりたいことを決めるのが霞ヶ関であれば、書類はすごい量になると思います。だけど青森市でやりたいことは青森県で決められる、あるいは市と県で一緒に決められるとなると、いくら文書主義があったとしても、少なくとも決定と執行のラインが短いということで書類の量は減ります。文書にかける時間やエネルギーが少なくなれば行革にもなります。ですから現場に決定センターをというのは、いろいろな意味において重要なのです。

 

川島
ありがとうございました。それでは木村知事。

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木村
地方分権が進んでくると、雇用の競争の時代に入っていくと思います。各市町村、あるいは県、自治体が、それなりに政策を定めていきますが、それを支えていくために、やはり若い人の定住が必要となり、また、雇用の大競争の時代に入ると思います。
それから、修斂されるまでのある期間は、係争といいますか、法律的な判断を求めてくることが多くなると思います。国と県との対峙、あるいは県と市町村との対峙も多くなるのかもしれません。トラブルの時代を経なければならないのかなという懸念があります。財源の配分の問題とかですね、いろいろなことがございます、。あるいは規制緩和の問題です。これらは権限移譲等の過程において生じてくるものと考えられます。
今ひとつは、文化的志向として、やはり国際化とか、あるいは、かつてディスカバー・ジャパンという時代がありましたけれども、国際化と地方分権の時代、そういう時代における文化の創造というと、

 

 

 

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